ギャラリー解説
書画
銅牛樋口勇夫、篆刻七十二種(近代、AD1866〜1932) |
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縦21cm、横14.8cm 樋口銅牛は筑後久留米の人で、名は勇夫、号を銅牛 と称し、漢字や金石文を研究した漢學者(『漢字雜話』 等)であるが、書家(泰東書道院総務)としても有名で 、亦た俳人(『俳句新研究』等)としても知られている。 鹿児島県立第二中學で教えた後、九州日報や東京朝 日新聞社に移り、更に早稲田大學・法政大學・國學院 大學・大東文化學院等で教えている。この七十二候印 存は、一年の二十四節氣を更に細分化して七十二候 に分けたもので、宣明暦に基づく言葉を、文人墨客に 刻させているが、清明第一候の「桐始華」を益田香遠 田露伴に、春分第三候の「始電」を中山彩畝に、と謂 う具合である。孰れにしても樋口銅牛は、己が書いた 漢字に關する本(『漢字雜話』)の草稿を、一面識も無 かった京都大學の中國史學者内藤湖南に送りつけ、「 君なら分かるだろう」と言って、序文を書かせたと言う 傑物的人物であり、此の本は、將に彼の面目躍如た るものを感じさせるには、十分な七十二人の刻者陣 である。 尚、本書の原本は大正元年に出版されているが、此 所に提示したのは、平成十年の再版本である。 |